コラム

きものの話あれこれ 村田吉茂
1971年(昭和46年)11月「ミセス」掲載

No.11 いいきものを売るために
個性をたいせつにする店

 前にもお話ししましたが、昔はお菓子一つでもおまんじゅうは○○屋、干菓子なら○○堂と、その店でなくてはならないものというものがはっきり決まっていたものです(今でも、昔から続いた店の中には、その評判を落とさないりっぱな店もありますが…)。呉服も、織りならどこ、染めならどこ、山の手風ならどこ、下町好みならどこ、とそれぞれの向き向きがはっきり分かれていました。そういう店は、その得意とする分野をたいせつに守っていたものです。なにもかも、どんなかたたちにも合う八方美人のよろず屋風ではありません。

 これは一例ですが、京都の祇園町の近くにある、ある有名な呉服屋は、場所柄、普通の奥さま向きのものが少ないわけです。先代の主人はそれを、「うちは花柳界で商売をさせていただいているから、素人の奥さま向きのものは少ない、それがうちの行き方です」ときっぱり言っておりました。その店は、京都というよりもきもの好きのかたならたいていご存じの、全国に名の知られた店ですから、その名にひかれたお客さまが大ぜいいらっしゃるわけで、商売をしようと思えば、いろいろなかた向けのものを置けば売れるのですが、それをしなかった。実にりっぱだったと思いますね。

 花柳界向き、山の手向き、と自分の店の分を守って、その分野でいい商品をそろえるからこそ、お客さまも安心してご自分に合った店へ出かけて買い物をなされるわけです。

 そういう店も、自分の絵を描いている店、つまりその店独自で商品を作らせているような店、白生地を別織りに織らせているような店でしたら、なお申しぶんないでしょう。けれども、こういう店は自分の個性がしっかりしているので、どなたにもお気に召してお似合いになるというわけにはいかないかもしれません。店の側からいえば、こういう個性を持った店は、幅広くはでにやっている店に比べて数字はあがらないでしょう。

 問屋の展示会などで、目のきくよその店の仕入れた商品とそっくり同じものを、あとからついて回って、まねして仕入れる店もあるという昨今です。自分の店の個性や見識に自信を持っている店、そういう店でしたら、安心といえるのではないでしょうかー。