コラム

きものの話あれこれ 村田吉茂
1971年(昭和46年)8月「ミセス」掲載

No.8 毎日の暮らしすべてが美の勉強
夏物のいい評判が冬物に響く

 先月号では、最近夏きものをお召しになるかたが少なくなったことを残念に思うとお話ししましたが、考えてみると、呉服屋や百貨店の責任もあるようです。というのは、お客さまから「このごろ夏物のいいものがどこに行ってもない」という声をよく聞きます。実際、デパートでも呉服屋でも、春秋、冬物に匹敵する夏物をきちんと置いている店が実に少なくなりました。デパートや呉服屋にいわせれば、夏はきものを着るかたが少なくなり、したがってきものの需要も少なくなった、需要のないものに売り場をさいたり力を注ぐのは商売にならない、ということです。鶏が先か卵が先かの話のようですが、売れないから置かない、売っていないから着ないの堂々巡りになります。

 しかし、これは売る側のそろばん本位の政策がいけないのだと思いますね。たしかに、昔に比べると夏のきものの需要は少なくなりましたが、それだからといって、夏物を置かなくなったり、力を抜いたりというのでは、お客さまに、あまりに申しわけないのではないでしょうか。季節を問わず、お客さまのどんなご注文にも応じられるようにしておく、それが見識のある専門店ではないでしょうかー。

 正直いって夏はそろばんの上からは、春秋物、冬物に比べて商売になりにくいとは思います。しかし目先の利益だけを考えずに、大きな目で考えてみる必要があります。一人のお客さまが買って、それを着てお出かけになれば、二十人から二十五人のかたがごらんになると思います。その二十五人の中の一人や二人は「いいきもの」と思い、同じようなものがほしくなる、同じような夏物をお求めになるかもしれないし、夏であんないいきものを作るのだから、冬物はさぞや、と思ってくださるかもしれないのです。つまり、夏のいい評判が冬物に響くわけです。大きな目で見ればちゃんと商売につながるのです。戦後はこういう大きな考えを持ってきものを扱う店が少なくなりましたね。徳川時代は呉服師と呼ばれていた呉服業を、明治以降呉服屋とただの商人にしてしまったのはほかならぬ呉服屋自身ですが、戦後は更に、呉服屋としての見識を持たない、勉強をしない店が多くなってしまったのは残念です。


別註品考案中の先代 村田吉茂

別註品考案中の
先代 村田吉茂