コラム

きものの話あれこれ 村田吉茂
1971年(昭和46年)5月「ミセス」掲載

No.5 きものを女らしく着るために
月謝を払って勉強する

 いいきものを着るためには勉強をと、今までその方法をいろいろお話ししてきましたね。自然から学ぶこと、すぐれた美術品を見、芸術品にふれること、本を読んだり、 他人から学ぶことなど、いずれも、美を見る目が養われて、頭に高い感覚がはいってきます。これで充分いいきものが選べるように思えますが、しかしこれだけでは、いいきものは選べません。では、どうしたらいいでしょう。

 それは、実際に自分で買って着るという体験をしなければなりません。何事も、実際に自分で体験をしないと、ほんとうに自分のものにならないのです。

 わたしの経験を一例にとってお話ししましょう。わたしは清元の持つ洗練された美しさにひかれて、十七歳の時から師匠について習っているのですが、近ごろ、多くの人の中には、演奏会なんかで師匠が語ったものをテープにとれば、そのテープで練習ができて便利だと言う人がいます。なるほど、現代的で時間も費用も経済的ですが、こういう人は先生の声をなぞるだけで、いっこうに自分の清元が語れない。基本練習ならそれでもいいんですが、だんだん修業して、自分の芸、つまり個性を表現したいと思うようになると、テープではだめなのです。ちゃんと月謝を払って、先生に直接指導を受け、いっしょうけんめい研究して、先生の前で語って、しかられて、直されて、真剣に教わる、こうして修業しないと、自分の芸はつくれません。

 きものも同じことなのです。たくさんの知識を頭に詰め込んでも、実際に自分で買って失敗して、また買って失敗して、と、苦い経験を味わわないと、ほんとに自分のものがつかめません。きものも、月謝を払わないと、いいものが選べないのです。

 きものを買って失敗するなんて損だと思いがちですが、物を買うと思わず、美を買う、教養を買うと思えば損ではありません。買ったことによって、美の勉強ができたと思うことです。買い物をして失敗すれば、次の機会から真剣に買い物をします。賢い買い物をしようとするから、いろいろと勉強をする、とにかく買って実感を味わってみることです。そして着てみることです。

 私が毎月お話ししているとおりにすれば、たちどころにいいきものが選べるなどとは、お思いにならないでください。特に教養の一部である“美”はお金や知識で明日からわかるという簡単なものでなく、積重ねの年月のかかるものだと知っておいていただきたいんです。