コラム

きものの話あれこれ 村田吉茂
1971年(昭和46年)1月「ミセス」掲載

No.1 まずはじめに

 わたしが家業の呉服業に携わったのは十七歳の時でした。二年後、父親の急死にあい、十九歳で二軒の店をとりしきるはめになってしまったわけです。同業の呉服屋の主人といえば、皆、長い経験を積んだおやじと同年くらいの人か、もっと年寄りの人ばかりで、わたしはいっしょうけんめい勉強もし、人並み以上の苦労もしてきました。

 ご存じのように昔は徴兵検査があり、健康な男子はみな兵役の義務がありました。ところがわたしは十九で家の柱となり、わたしがいなければ家業が成り立たないわけで、兵役をのがれなくてはならなかったわけです。まあ、そういうわけで、なんとか免れたのですが…、そのあとは良心の呵責に苦しみましたね。なんとか、その償いをしたい、どうしたらお国のためになるだろうか…と悩みました。さんざん考えた末、やはり家業の呉服業に専念することで、お国のために働こうと決心したのです。

 きものというものは世界でいちばん美しい衣装だと思いますね。この美しい伝統を守っていいきものを作り、きものを着るかたたちをより美しくしたい、それがわたしの国に対するご奉公と考え、それだけをただひたすら思い続けて今日までになってしまったというわけです。五十数年間、考え続け、扱ってきたきものについてのすべてを、これから少しずつお話しして、皆さんが美しくきものを着るためのお手伝いができたら、と思っていますが…。


村田吉茂

五代店主
村田吉茂